【脳卒中】急性期病棟での脱走未遂事件

闘病記
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この時の記憶は鮮明にありますので、自分の体験として記します。

 

この頃は車椅子でトイレに行き、車椅子から便座への移乗も一人ですることが出来、手すりにつかまっていればズボンを上げ下ろしする間も立っていられる位になっていました。介助や見守りは必要ですが・・・

 

 

 

 

ベットに戻るとウエストに鍵付きの腹巻を装着されてベットから離れられなくされます。

 

そして寝る時は右手にミトンはめられた上で柵に縛られ拘束されます。

 

 

 

 

 

 

妻がいる間は、ある看護師さんの好意で手の拘束は解いて頂け、車椅子で移動する時だけ鍵付きの腹巻も外してもらえる状態でした。

 

しかし拘束されるのがたまらなく苦痛で毎晩眠らずに麻痺している左手と口を使い右手の拘束を外そうとしていました。(リハビリと自分に言い聞かせ一晩中もぞもぞしていました)一度だけ緩める事が出来ました。

 

そんな事もあって自分の麻痺が信じられず立って歩けると思っていました。

 

 

更に身体拘束と看護師さんの高圧的な態度などの理不尽な対応への不満も最高潮に達していましたので、帰宅(脱走)したいと毎日考えていました。

 

 

 

前日にタクシー会社の電話番号を調べて携帯に登録して置きました。

 

1月27日当日

 

面会時間終了の20:00少し前に友人がお見舞いに来てくれました。

 

あわよくば一緒に家まで帰ろうと思い「下まで送る」「玄関まで見送る」など病室を抜けだそうと大騒ぎしましたが叶いませんでした。

 

 

面会時間が終わったので友人と妻も帰りました。

 

 

21:00少し前に夜勤のヘルパーさんが病室に来たので、「さっきお見舞いに来た友人にお礼の電話をしたい」と嘘を言い車椅子で公衆電話まで連れて行って頂きました。

 

 

 

 

「話しにくいだろうから向こうに行ってるね」とヘルパーさんが気を利かせ居なくなったので車椅子から立ち上がり携帯を使いタクシーを呼びました15分位で到着すると言うので急いで移動しようと振り向いた瞬間に転倒しました。

その時車椅子のひじ掛けで胸を強打して苦しんでいた所にヘルパーさんが悲鳴を上げて走り寄って来て病室に戻されました。

しばらくすると看護師さんが怒鳴り込んで来て「どこに電話したんだっ!!」と言うので開き直り「タクシー呼んだ」と言うと携帯を取り上げられて出て行きました。

これで私の脱走は失敗に終わり、片麻痺で体に自由がきかない現実も思い知ることになりました。

急性期最終日へ

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